F1新参チームは18戦でゼロからヒーローに(
F1通信さん)
昨年のこの時期、スーパーアグリは日本人の伝説のレーサー鈴木亜久里の空想に過ぎなかった。しかし数ヶ月間のスポンサーとスタッフ探しとFIAによるチャンピオンシップ参戦への追加承認のあと、チームはバーレーンで姿を現した。
スタートラインに並ぶことすら偉業であったが、倒産したアロウズチームの遺産から急造されたスーパーアグリは苦しい戦いに臨んだ。カスタマー仕様のホンダエンジン、ベテランのリード・ドライバー佐藤琢磨、経験豊富なスタッフというアドバンテージは、チームのシャシーのため無力化されてしまった。アロウズの 2002年モデルをベースにしたSA05は4年遅れのマシンだったのだ。
初戦からスーパーアグリはグリッドのペースについていくのがやっとだった。バーレーンでの佐藤の予選タイムは先頭から4秒遅れ、スーパーアグリの直近のライバル、ミッドランドからは1.5秒遅れだった。決勝ではやや改善が見られたものの、ルーキーの井出有治はメカニカル・トラブルでリタイヤ、佐藤は最下位の18位でフィニッシュした。
チームがよくなる前に事態は悪化したかもしれない。イモラのオープニング・ラップでアルバースのミッドランドをリタイヤさせるなどの一連のミスを受けて、 FIAは井出のドライビング基準に我慢できなくなり、彼はすぐに元ルノーのテスト・ドライバー、フランク・モンタニーに交代させられた。モンタニーは前任者よりもペースが速く、経験も豊富だったが、佐藤と同じくマシンの欠陥を補うことはほとんどできなかった。
新しく設計されたマシンSA06という唯一の望みがチームに弾みをつけた。予定より1戦遅れてドイツで登場したこのマシンと時を同じくして、新ドライバー山本左近がモンタニーと交代した。予選ではベテランの佐藤は、ミッドランドの間、グリッド19番を獲得してその存在を主張した。SA06は2台とも決勝で完走できなかったが、期待の持てるスタートだった。
次の2戦でも同じような当初のトラブルのためチームはなかなか進歩できなかった。そして9月のエンジニアリング・スタッフの再編成により、マーク・プレストンがテクニカル・ディレクターに就任したが、これがチームを活気づけたようだった。残り4戦でスーパーアグリのスピードと信頼性は著しく改善され、ミッドランドだけでなくトロ・ロッソにも戦いを挑み始めた。
イタリアでは佐藤はアルバースのミッドランドの前でフィニッシュし、チームの地元イベントである日本ではSA06の導入以来始めて2台のマシンが揃ってチェッカー・フラッグを受けた。中国では一時的にかつての「不安定な」佐藤が復活してシーズン2度目の青旗違反で失格となったが、ブラジルでの最終戦では、チーム全体の頑張りが突然報われることになった。両マシンとも完走しただけに留まらず、佐藤は猛烈な走りで10位フィニッシュ、山本左近はレースのファステスト・ラップ7位のタイムを記録したのである。これは素晴らしい1年の締めくくりとなった。
スーパーアグリは1ポイントも獲得できなかったが、そのデビュー・シーズンは成功として記憶されるだろう。そして短い1年で彼らが達成したことを考えれば、チームの見通しは明るいと言うほかないだろう。
2006 Team Review - Super Aguri: The Official Formula 1 Website
posted by カンジMD at 17:23
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